6月18日に新潟と山形の県境で起きました地震について、たくさんのお見舞いをいただきました。お気遣いくださり本当にありがとうございました。私の住む新潟市の被害はほとんどなく、おかげさまで普段通りの生活です。
もくあみ会会員のK先生が開業されている新潟県村上市が震度6という事なのですが、今朝「無事です」との連絡がNDの会の方に入ったそうです。ご心配おかけしました。
2016年1月1日金曜日
謹賀新年
明けましておめでとうございます。この冬は積雪がなく、今のところ良い思いをしております。昨冬は、朝カーテンを開けると一面の雪にビックリ!というのが2度ほどありましたが、寝起きの心臓にはとても悪く、仕事前の雪かきのことも考えると恐れおののいています。異常気象が正常になってきていますし、まだまだ油断は禁物です。
1年1年があっという間に過ぎていく中で、それでも昨年はもくあみ会の冊子製作や、小スペースながらQDTへの投稿もあり、新しい経験ができた年でした。歯科医歴も10年目を迎え、もっと新しいことを知りたい、さらに光を取り込みたいと、枝葉を伸ばす方向へと意識は向きがちですが、そればかりではバランスを崩し倒木してしまうかもしれません。軸となる根や幹の強化こそが、自然な形で大きくなっていく唯一の成長方法なのでしょう。そんなイメージで写真を探すと、やはりバオバブしかありませんでした。流石KKです。
1年1年があっという間に過ぎていく中で、それでも昨年はもくあみ会の冊子製作や、小スペースながらQDTへの投稿もあり、新しい経験ができた年でした。歯科医歴も10年目を迎え、もっと新しいことを知りたい、さらに光を取り込みたいと、枝葉を伸ばす方向へと意識は向きがちですが、そればかりではバランスを崩し倒木してしまうかもしれません。軸となる根や幹の強化こそが、自然な形で大きくなっていく唯一の成長方法なのでしょう。そんなイメージで写真を探すと、やはりバオバブしかありませんでした。流石KKです。
2015年12月31日木曜日
弾き納め
年末の集まりにて、小さな子供たちのプチ演奏会がありました。ついこないだ生まれたばかりと思っていた子が、大人でも難しいような曲を見事に弾きこなしており、子供の成長スピードは「男子三日会わざれば刮目して見よ」どころではないと驚愕するばかりでした。昔とった杵柄で自分も!とバイオリンを手に取りましたが、譜面はどうにかなっても、相手は押さえるところが微妙に違えば正しい音が出てくれない弦楽器。最後まで勘を取り戻せないまま、子供達にダメ出しされる始末でした。
子供のように飛躍的な成長が望めない年齢になってきましたが、40歳までのあと数年間は、『無邪気』に『素直』に『柔軟』な感性であることを意識していきたいと、勉強になった大晦日の夜でした。
2015年1月3日土曜日
2015は何かある
新年あけましておめでとうございます。
年が変わるといっても暦上の節目に過ぎないわけですが、過去を振り返り、未来を見据えることはやはりこういう機会でもないとできないように思います。昨年は停滞ムードの1年でしたが、今年は地道な足固めを継続しながら、新しいことにチャレンジしていこうという気持ちを強くしています。
そう思うようになったきっかけはいくつかありますが、その一つとして、年末年始に観たNHKの2つの番組『ニッポン戦後サブカルチャー史』と『建築は知っている ランドマークから見た戦後70年』があります。時代を映す文化や建築が整理紹介されていましたが、感じたのはそれぞれの時代における強い表現とパワーでした。これから縮小に入っていく日本において、我々の業界の進む方向は?現時点で答えは想像することしかできませんが、学んだのはその時代に正しいと思われる試みを続けるしかないということでした。時折聞こえてくる2番煎じやコピーといった雑音は気にせずに、自分のやるべきことをやるだけです。他にも理由はあるのですが、ひょんなことから過去と未来を意識することが多かった2015年の始まりに、少し運命めいたものを感じています。
しかし当然ですが物語の舞台は常に東京にあります。ある先生が某スタディグループに入会したいがために上京したという逸話がありますが、そのようなパワーが集中し、文化が偏在していくのですから地方はかないっこありません。
年が変わるといっても暦上の節目に過ぎないわけですが、過去を振り返り、未来を見据えることはやはりこういう機会でもないとできないように思います。昨年は停滞ムードの1年でしたが、今年は地道な足固めを継続しながら、新しいことにチャレンジしていこうという気持ちを強くしています。
そう思うようになったきっかけはいくつかありますが、その一つとして、年末年始に観たNHKの2つの番組『ニッポン戦後サブカルチャー史』と『建築は知っている ランドマークから見た戦後70年』があります。時代を映す文化や建築が整理紹介されていましたが、感じたのはそれぞれの時代における強い表現とパワーでした。これから縮小に入っていく日本において、我々の業界の進む方向は?現時点で答えは想像することしかできませんが、学んだのはその時代に正しいと思われる試みを続けるしかないということでした。時折聞こえてくる2番煎じやコピーといった雑音は気にせずに、自分のやるべきことをやるだけです。他にも理由はあるのですが、ひょんなことから過去と未来を意識することが多かった2015年の始まりに、少し運命めいたものを感じています。
しかし当然ですが物語の舞台は常に東京にあります。ある先生が某スタディグループに入会したいがために上京したという逸話がありますが、そのようなパワーが集中し、文化が偏在していくのですから地方はかないっこありません。
2014年2月22日土曜日
真央ちゃん
ショートプログラムでのまさかの演技に日本中が悲嘆に暮れていましたが、翌日のフリーでは3Aを完璧に決めるなど渾身の滑りを披露してくれた真央ちゃんには心の底から感動しました。
年齢制限で出場できなかったトリノオリンピック以前から10年近くに渡って、大きなプレッシャーを受けながらも常に我々の期待に応え続けてくれた彼女には頭が下がります。今大会はメダルにこそ届かなかったものの、結果は6位と立派な成績ですし、何より誰よりも記憶に残る演技だったと思います。
3月の世界選手権にも出場してくれるそうですから、ファンとしては嬉しい限りですが、ゆっくり休んでほしいという親心も皆さん感じておられることでしょう。
年齢制限で出場できなかったトリノオリンピック以前から10年近くに渡って、大きなプレッシャーを受けながらも常に我々の期待に応え続けてくれた彼女には頭が下がります。今大会はメダルにこそ届かなかったものの、結果は6位と立派な成績ですし、何より誰よりも記憶に残る演技だったと思います。
3月の世界選手権にも出場してくれるそうですから、ファンとしては嬉しい限りですが、ゆっくり休んでほしいという親心も皆さん感じておられることでしょう。
2013年3月26日火曜日
地球の裏側から来た友達
彼に初めて出会ったのは、6年前です。まだ日本に来て半年にも関わらず、すでに会話には困らないほどの日本語をマスターしていたのは驚きました。聞けば中南米ボリビアからの国費留学生で、なるほど世界の優秀な人間とはこういうものかと妙に納得したものでした。彼の魅力は頭脳明晰なことだけでなく、気持ちの良い人間性にあります。外国人にありがちないい加減な陽気さとは違い、明るいながらも丁寧に人を気遣うことができ、これまでに出会ったことのないような人物でした。祖国で歯科医のライセンスを持っていても日本では診療には従事できないため、彼は専ら基礎研究に取り組んでおり、多忙な毎日を送っているようでした。私が大学を離れてからは中々会うことが少なくなっていましたが、彼の妻の来日をきっかけに小さなパーティを開きました。
参加者銘々が食べ物を持ち寄るスタイルでしたが、我々の狙いはやはり本場の料理。ボリビア料理は以前いただいたことがあったので、気を利かせたのか今回は奥さんがスペイン料理を作ってきてくれました。現在スペインで小児歯科医をやっている彼女のパエリヤ、トルティージャは絶品の一言。日本語、英語、スペイン語が飛び交う小さい会は、時が過ぎるごとに盛り上がりを増していてきました。
ディナーの他にもう一つお願いしていたのが、ボリビアに関するプレゼンテーションでした。いただきもののプロジェクターを用いての、ミニ『まだ名のない会』の開催です。
ボリビアについて知っていることといえば、ゴルゴ13で学んだチチカカ湖ぐらいの私ですから、彼の話は非常に興味深いものでした。建国の伝説から、スペインによる植民地時代、そして独立といった歴史の中で多くの戦争、内戦があり、現在もそれほど経済的には豊かな国ではないようです。一方で、西欧の街並、遺跡、古都など様々な建築物の写真からは何ともいえない雰囲気が感じられました。
中段右は彼の実家で、まさに白亜の豪邸でした。お父さんも歯科医だそうで、南米でも歯科医の地位は高いようですね。
プレゼンの中でとりわけ目をひいたのは、ボリビアの自然です。ミネラルの影響による赤の湖、緑の湖はとてもユニークでしたし、有名なウユニ塩湖は何時か行ってみたいものだと感じるのに十分な美しさでした。
じきに羽休みの日本からまた飛び立っていってしまう彼ですが、互いにBest Friend Foreverと誓い合い、閉会となりました。次は私が地球の裏側へ行きたいものです。
2013年1月22日火曜日
コーヒーはお好きでしょうか
この理科の実験で使うビーカーのような代物、実はコーヒードリッパーです。"CHEMEX"という名前で、半世紀以上前に誕生したそうです。コーヒーメーカーをネットで探していて見つけたのですが、そのシンプルなデザイン性に惹かれ、即購入しました。決済後に、ハンドブロウ(手吹き)の物もあることを知り、どうせならそっちにすればよかった…と少し悔やんでおりますが、今後の半世紀中には割ってしまうこともあるでしょうから、そっちは次の機会にしたいと考えています。その後もよくよく調べてみると、ニューヨーク近代美術館MoMAのパーマネントコレクションでもあるようです。
実際の機能はというと非常に使いやすいですし、肝心のコーヒーの味も美味しいので、とても気に入っています。玉に瑕なのは、専用の蓋や清掃器具が別売りだったところ…そして、消耗品であるペーパーフィルターまで専用のものがあり、比較的高価なのです。安価な代用品もあるようですが、『純正の良さ』みたいなものもあると感じるタイプの人間なので、100枚を使いきる頃に迷うことになるでしょう。まぁ、高いといってもそんなケチケチするほどの値段でもないんですけどね。
実際の機能はというと非常に使いやすいですし、肝心のコーヒーの味も美味しいので、とても気に入っています。玉に瑕なのは、専用の蓋や清掃器具が別売りだったところ…そして、消耗品であるペーパーフィルターまで専用のものがあり、比較的高価なのです。安価な代用品もあるようですが、『純正の良さ』みたいなものもあると感じるタイプの人間なので、100枚を使いきる頃に迷うことになるでしょう。まぁ、高いといってもそんなケチケチするほどの値段でもないんですけどね。
2011年11月5日土曜日
12時間の旅
シルヴィ・ギエムを観に行くと決めてから、文化の日が来るのを待ちに待っていました。公演会場は愛知県芸術劇場。私にとって初めての愛知上陸です。これまで随分行きにくい距離に思っていましたが、実のところ新潟ー中部国際空港間はわずか1時間しかかからず、一気に身近に感じる県となりました。旅の御供は右の本。前回のブログで記事にするやいなや、「そんなことはとうの昔から知ってたよ」、とK先生からご紹介いただいた『いつも旅のなか』(角田光代著)です。まさか!と思うようなところまで先回りされているK先生は『ボレロ』についてもエピソードをお持ちで、まるで私はお釈迦様の手のひらの上の悟空のようです。
さて、そのボレロの話に移りましょう。バレエの知識を持ち合わせていない私にその内容の解説はできませんし、振り付けに込められた意味もわかりません。しかし、ただただ感動しました。ギエムが踊った3演目『ルナ』『TWO』『ボレロ』はどれも素晴らしかったのですが、やはりボレロが一番心震えました。この曲とギエムのバレエには間違いなく人にエネルギーを与える何かがあると感じました。無理してでも行って本当に良かった…
テレビでもニュースや特集が組まれているようです。
世界のプリマ 被災地で踊る「ボレロ」(リンク先で視聴可)
シルヴィ・ギエム ~限界の挑戦~ 11月5日(土) 午後11:30〜
この旅が最高なものになったのは、もう一つの理由があります。敬愛するM井先生が一日名古屋を案内して下さったのです。もくあみ会で初めてお会いしてからずっと良くしていただいており、そのリーダーシップに惚れ込んでいるのですが、今回お誘いを受け、道中何から何まで至れり尽くせりのおもてなしをいただきました。おかげで短い滞在時間を濃密に過ごすことができ、とても充実した旅となりました。
独立国家とも言われる愛知県だけあって、なるほど食べ物も珍しいものが多かったのですが、それでいて美味しく、すっかり気に入ってしまいました。激しい道路事情だけは中々慣れるのに時間がかかりそうですが。
暗くなった帰りの空から眺める愛知の街はキラキラして星空のようでした。それよりも一層輝く一等星のM井先生、本当にありがとうございました。
さて、そのボレロの話に移りましょう。バレエの知識を持ち合わせていない私にその内容の解説はできませんし、振り付けに込められた意味もわかりません。しかし、ただただ感動しました。ギエムが踊った3演目『ルナ』『TWO』『ボレロ』はどれも素晴らしかったのですが、やはりボレロが一番心震えました。この曲とギエムのバレエには間違いなく人にエネルギーを与える何かがあると感じました。無理してでも行って本当に良かった…
テレビでもニュースや特集が組まれているようです。
世界のプリマ 被災地で踊る「ボレロ」(リンク先で視聴可)
シルヴィ・ギエム ~限界の挑戦~ 11月5日(土) 午後11:30〜
この旅が最高なものになったのは、もう一つの理由があります。敬愛するM井先生が一日名古屋を案内して下さったのです。もくあみ会で初めてお会いしてからずっと良くしていただいており、そのリーダーシップに惚れ込んでいるのですが、今回お誘いを受け、道中何から何まで至れり尽くせりのおもてなしをいただきました。おかげで短い滞在時間を濃密に過ごすことができ、とても充実した旅となりました。
独立国家とも言われる愛知県だけあって、なるほど食べ物も珍しいものが多かったのですが、それでいて美味しく、すっかり気に入ってしまいました。激しい道路事情だけは中々慣れるのに時間がかかりそうですが。
暗くなった帰りの空から眺める愛知の街はキラキラして星空のようでした。それよりも一層輝く一等星のM井先生、本当にありがとうございました。
2011年7月30日土曜日
大雨と絵本
新潟では木曜日から雨が降り続いています。慣れ親しんだ天候ですので普段は全く気にする事はないのですが、ここまで道路が冠水してしまうと流石に生活に支障が出てきます。せっかくの休日を棒に振りたくはありませんから、大雪の日専用の長靴を引っ張りだしてきて、行く手を阻む河を強行突破しました。100メートルも行くと普段と変わらない道があり、私の家周辺の海抜が低い事がよくわかりました…
向かったのは、世界の絵本作家展Ⅲ『絵本の世界へ旅しよう』です。童心に還るような懐かしさを期待していきましたが、数点を除いては初めて見る絵柄ばかりでしたので、新鮮な気持ちの方がほとんどでした。読書用に、といくつも置いてある絵本をしばらく読んでみると、子供の感受性を高めるには絶対、上乗せが望めない大人にとっても、失われていく一方のそれを取り戻してくれるような気がしました。自分の子供にはたくさんの絵本を与えてあげようと強く感じました。
絵本展では、世界に6点しかないという星の王子様の原画の1枚がもう1つの目玉でした。
物販コーナーでは、以前から気になっていた星の王子様の飛び出す絵本が売っているのを期待していましたが、残念ながら見当たらず。代わりというわけではないですが、装幀が魅力的で、綺麗な絵がたくさん載っていた不思議の国アリスを衝動買いして帰りました。
降り止まない雨と絵本が非日常感を際立たせてくれた休日でした。
2011年7月19日火曜日
2011 FIFA Woman's World Cup Champions
やっぱりこの話題に触れないわけにはいかないでしょう。サッカー観戦は好きなので、普段からJリーグの中継はよく観るのですが、海外での試合のLiveは早朝なことがほとんどなので、仕事を始めてからはせっかくのWOWOWも出番が少なくなっていました。なでしこの試合も全試合を観れたわけではありませんでしたが、決勝戦を祝日の早朝にもってきてくれるサービス精神の良さに加え、延長後半での同点劇、PK戦での神がかったセーブ、と感動とドラマ性に尽きる試合で大満足でした。試合後は昼過ぎまで寝てしまうという平凡な一日に終わってしまいましたが。
それにしても、サッカー選手の後ろ姿というのは不思議な魅力がありますね。右は1994年W杯アメリカ大会決勝戦でイタリア代表のエース、ロベルト・バッジョがPKを外した有名なシーン。この4年後のW杯で、イタリアは再びPK戦で敗退してしまうのですが、外した選手(ディ・ビアッジョ)に真っ先に近寄ってバッジョがかけたと言われているのが『PKを外すことができるのは、PKを蹴る勇気を持った者だけだ』という有名な言葉。勇気を持って、決勝のPK戦まで戦い、そして優勝したなでしこJAPANは本当に素晴らしく、日本って良い国だなぁと切に感じさせてくれる出来事でした。
2011年4月10日日曜日
陽気の陰
2008年の新潟の降水日数は157日というデータ通り、昨日今日と新潟市内は連日の雨模様ですが先週は好天に恵まれました。いつもは寝てしまう昼休みですが、雲一つない青空と暖かい日差しに誘われカメラを持って出掛けてきました。
何の木なのかわかりませんが、沢山の蕾が春が来ていることを教えてくれます。とても心地よい陽気の中で散歩していると、あることが頭をもたげてきました。福島第一原発の避難圏内でも同じような天気かもしれない。しかしその日光を浴びようにも、見えない陰がそれを阻んでいる…日光浴にシミ・ソバカス以外の不安がつきまとうことになるとは…
散歩から帰るとある情報が飛び込んできました。それは、震災後から東北・関東地方の歯科医院において、IP方式のデジタルX線写真に謎の黒点が写り込むようになり苦情が相次いでいるということでした。私の勤務先はデンタルX線写真にデジタルは採用していないので、IPについては詳しくありませんが、ある程度の時間出しっ放しにしておいたIPは放射線物質を検出してしまったようです。下のLinkはFUJIFILM社の回答です。
こうして見えない陰がはっきりとした形で見えてくると、いくら微弱で”ただちに”健康に問題がないと言ってもやはり気持ちの良いものではありません。安全派・危険派、様々な情報が飛び交っていますが、その真偽・信頼性に目を凝らして自分なりに判断していくほかないと考えています。
2011年4月8日金曜日
2011年3月24日木曜日
支援の形
震災以降、『今、自分にできることは何なのか』という自問自答を何度も目に耳にしました。そして、様々な支援の方法があるということを知りました。スピードが重要な支援があり、じっくり状況を見極めた上での支援もあります。
知名度がある人間なら、即座に人々に呼びかけ支援物資や義援金を集めることができます。芸能人のそういったニュースが多く報じられていました。私の勤務先の院長は、県歯の役員も兼任していますが、某企業にすぐ働きかけ歯ブラシ数千本をはじめとして、マスク・グローブ・アルコール消毒剤・義歯ブラシなど多くの口腔関連用品を支援物資として用意したそうです。そういうコネクションを持っている方だからこそできる支援でしょう。
そのような力を持たない一個人の場合、支援する対象を被災者全員という規模で考えると何をやっていいかわからず二の足を踏んでしまう場合もあると思います。節電、募金は勿論素晴らしいことだと思いますが、友人・知人など顔が見える相手を対象とすれば、支援はより想像し易くなり、パターンが増えます。短期で考えれば、直接会って励ます・メールで励ます・物資や義援金・避難先を用意するなど。ただ、これだけの大災害です。支援は年単位で必要になってくるでしょう。そこで、中・長期のスパンで見ると、歯科医院のスタッフに対する配慮も必要になってくると、とある先生が教えて下さいました。歯科医院を休まなければならない場合、当然そこで働いていた歯科衛生士・歯科技工士・歯科助手の方にも影響が出てくるわけですから、被災した歯科医院が復旧するまでの間、余裕がある歯科医院でそのスタッフを受け入れてはどうかと。歯医者は歯医者の支援をするのがいいのではないかという考えです。とても理に叶っているように思います。
勤務医の私には人事的な支援は難しいので、まずは臨床基本ゼミで同期だった先生方の支援を計画中です。一年を通して、歯科医師人生の分岐点となるゼミを一緒に受講した仲間です。長く関係を続けていきたい。だからこそ何かできることをしていきたいと思っています。
2011年3月17日木曜日
東北関東大震災
震災からもうすぐ1週間が経ちます。もしかしたら、寝れば何もなかったことになっているかもしれないと思いながら床につくも、何回朝を迎えても悪夢は覚めませんでした。被災した友人へかける言葉は見つからず、このブログにはアクセスするのも憚られていました。あれほど希望に燃えていたのに、歯科書籍に目を通す気もしなくなりました。ただただ、テレビから流れるニュースを眺め、心を痛める日々。安全な場所にいる自分ですらこうなのですから、被災された方々の苦しみは、一体どれほどなのでしょうか。
そんな虚無の中、周囲の人間の被災者を気遣う行動に心動かされました。みんな自分にできることを探しています。今はどんなに些細で、その効果に疑問があるようなことでも、協力していきたいと考えています。
今回の出来事が、人々に与えた影響は計り知れません。三つ子の魂百までとは良く言ったもので、 『人間はそうそう変わらない』と私もそう思っていました。しかし、この震災はまさに人間の心に変革をもたらすものであり、新しい価値観が生まれる可能性があるような気がします。今は、全国から被災地に善意が向けられています。いつか被災地に再建がもたらされた後も、その優しさを人間は継続していけるのか。身が引き締まる思いです。
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